HOME スタッフ旅ブログ>ドナウ川を訪ねて ブタペストとウィーン 

スタッフ旅行記
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 ブダペスト &ウィーン
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■2007年6月 世界遺産の街 ブダペストの情景で最も有名な「くさり橋」。

「セーチェニくさり橋」が正式名称。48mの石のアーチとワイヤーで支えられているつり橋。くさり橋の愛称で親しまれているのは、夜間の電球を連ねた照明がまるで「鎖」のように見えるから。

■漁夫の砦からはドナウ川越しにペストの町が一望できます。まさに絶景!

名前の由来は、魚市場があったからだという説と、
かつてこの場所を漁夫が防衛していたからだという説がある。
現在は町の美化計画の一環として20世紀初頭に造られたものがあります。

王宮の丘、マーチャーシュ教会、漁夫の砦、
初代ハンガリー国王の騎馬像がブダ側の見所。

ドナウ川の流れに沿ってブダとペストの二つの町からなる街。
ブダとペストはライオン像が両端を見守るくさり橋を渡って行き来ができます。
ドナウ川は、このあたりでは川幅も広くゆったりと流れている。

ペスト側では賑やかなヴァーツィ通りでのショッピングやカフェタイムが楽しみ。
             ドナウ川を挟んで見る国会議事堂(ペスト側)です。⇒


■リスト広場のリスト像

フランツ・リスト(Franz Liszt)
ハンガリーに生まれ、ドイツやオーストリアなどヨーロッパ各国で活躍した
ピアニスト・作曲家。

「ピアノの魔術師」と呼ばれるだけあって大きな手が印象的でした。

【リスト音楽院】 1875年、ハンガリー王立音楽院として創立。
初代総長がリスト。バルトークやコダーイを輩出するなど、
世界的な音楽家を育てた世界の名門校として存在している。






■英雄広場(Hősök tere)
広場中央の建国記念碑(柱)は約35m、迫力高さ。
記念碑の頂点には十字架と王冠を手にした大天使ガブリエル像。
台座にはマジャール部族の祖先たちが並ぶ。

記念碑を囲み、ハンガリーの初代国王、独立戦争・革命の英雄など、
14人のハンガリーの歴代の英雄の銅像が立ち並んでいる。

大きくて、すがすがしい雰囲気の広場でした。

地下鉄1号線の英雄広場駅から徒歩5~6分。



ウィーン  音楽愛好家ならば一度は訪れたい街。 参照HP:http://www.wien.info/

■世界遺産 シェーブルン宮殿

市内からは地下鉄U4号線に乗りシェーンブルン駅下車。
両翼の端から端まで180mあり、正面右側翼には宮廷劇場がある。

広いフランス式庭園の先にはグロリエッテという見晴台
のような建物があります。
ただし、結構遠いのでご注意を・・・
周囲が一望できる景色は素敵です。





■聖シュテファン教会

ウィーン中心部に位置しています。

モーツァルトが結婚式をあげたことでも有名です。

地下のカプチン霊廟には、
パプスブルグ家(Habsburg)の人々の臓物が、
銅の壺に納められて保管されています。




■ウィーン楽友協会 (ヴィーナー・ムジークフェライン Wiener Musikverein)
「ニュー・イヤー・コンサート」の会場としてもTVではお馴染みのコンサートホール。ウィーン・フィルの拠点です。
外観 黄金のホール ブラームス像
夜はライトアップされ、コンサート終了後に見とれてしまいました。 ステージの上にあるパイプオルガン 楽友協会の初代館長

ホールは幅が狭い上に幅と天井の高さがほぼ同じことから、壁から天井へ、天井から床へ、またその逆へと素晴らしい反射音が生まれます。さらに天井の材質が厚いため、低音の響きもよく、また1階バルコニーに表面が不規則な女人像を配置することによってより細やかな反射音も生まれます。座席数:1744席 
公式HP:http://www.musikverein.at/


■ウィーンのタクシーで・・
ウィーンの小学校(10歳で卒業)では音楽の選択肢も幅広く、合唱、オーケストラの他、いろいろな楽器や声楽が習えるそうです。私が乗車したタクシーの運転手の方もクラッシックが大好きで、「僕は物悲しいメロディのが好きなんだ」とおっしゃっていました。音楽が人々の心に根付いているのだな・・と感じた出来事です。


■中央墓地 音楽愛好者がささげた花がたくさん置かれてありました
ベートーベン シューベルト ヨハン・シュトラウス2世 ブラームス
メトロノームの形に金色の竪琴の飾り 死後他の墓地に葬られていましたが、生前の希望通り、中央墓地の敬慕するベートーベンの墓の近くに改葬されました オーストリアの第二の国歌といわれるワルツ「美しく青きドナウ」を作曲。ブラームスのお墓と並んでいます。 1862年(30歳)からウィーンに。以降、作曲に集中し始めたブラームスは悩ましげな顔で・・・。
郊外にあり、多少不便ですがお勧めです。
墓地はすごく広いのですが、楽聖の墓の集まる区画はさほど広くなく超有名作曲家のお墓が沢山ならんでいます。
火葬の習慣のないヨーロッパ、ウィーンでは墓地は郊外にありましが、城壁を取り払い街が外へ広がるにつれて、郊外にあった墓地も市街地なってきました。衛生面の問題もあった為、1874年にさらに郊外へ移された墓地が中央墓地。たくさんの音楽家の墓がありますが、モーツァルトは記念碑しかありません。共同墓地に埋葬されたモーツァルトは移転が難しかったようです。